新しいプロジェクトが始まってから、結構忙しい毎日です。
業界的にも前代未聞のプロジェクトなので、成功させたいという気持ちと、
実際に進めていることを客観視して冷静に考えると、
いや、これ、普通に考えて難しいんじゃないの??
と自ら否定に入ってしまう部分がある。
とはいえ、乗りかかった船。最後まで完遂させなければ。
そもそもこのプロジェクトが成功しない限り、大きな発展は無いのだから。
今は目の前のできることをきちんと一つ一つやっていくこと。
それにスピード。
遅めの昼食の後で、少し眠たいので、ブログを更新。
ふと、気になったことがある。
ブログを書くときの文体について。
ある人は、友達の誰かに話しかけるように綴る、ある人は自分に対して
話しているように綴る、ある人は自分の頭の中の言葉をそのまま綴る、
ある人は皆に見られることを意識して敬語オンリーで綴る。
これはブログを書くとき、個人個人が誰かを思い浮かべているからだと
思う。
敬語が多い人は、会社の上司を思い浮かべたり、民衆の前に立つ演説者
のように公式の立場から離れられていないような気がする。
口語が多い人は、その逆で友達や家族の姿を思い浮かべて書く。
一言でブログを更新すると言っても、色々な書き方があるものだ。
誰を思い浮かべて書いているのかを想像しながらブログを見るのも一つの
観点だ。
当たり前のことだが、自分がブログを更新する立場になって初めてその
微妙なニュアンスの違いが分かる
今日はおおよそ昨日立てた目標の通りに一日を過ごすことができた。
それにしても、早起きして早く会社に行くというのは気持ちがいいものだ。
とは言っても30分くらい早く行っただけなのだが。
これだけ一日を充実させて気持ち良く過ごすことができてもなかなか長続きしなかったりする。
これは冷静に考えると少し変で、普通、楽しいことや興味をあることで得られる快感は、
それをまた得たいと感じ、その欲求に合わせて行動することができるだが、、自らを律することで
得られる充実感(≒快感)はまた得たいと持ってもすぐにその前に怠惰の壁が立ちはだかって
行動ができなくなる。
基本的に脳は怠けることが好きな細胞の集合体だが、上記二つの快感にはやはり大きな
違いがあるのだろうか。
楽しいと思うときに得られる快感と充実を感じるときに得られる快感、脳の中ではやはり分泌物
が違って物質的に違うのだろう。冷静に考えると単なるアドレナリン、興奮との違いっていうことか。
ってなことを考えるよりも、まずは自分を律し、明日も充実した一日を過ごしたいと思う。
先日の金曜日、会社設立初の全社総会がありました。
前Qでは会社設立の基盤づくり。
今Qでは会社の発展を見据えての目標と、戦略的な組織づくり。
今Qの鍵を握る戦略として、僕がその実行を担うことになりました。
同じビジネスを展開する競合では、様々な理由から実行できない戦略。
特別なしがらみのない、そしてルール・思想のない、僕らの会社だから
できる戦略。
会社にとってその戦略は成長の重要な鍵
かなり重要な役割を与えられたので、ロジカルにそしてスピーディに考えて
絶対に成功させたいと思います。
なんか風邪をひいてしまった模様。
身体がだるく、関節が痛い。
風邪をひいて少し無理すると、すぐに熱が上がって立ち上がることすら
困難になってしまうから、大事をとって今日は会社をお休み。
ちょっと、体質改善しないとな。
とりあえず、最近観た映画の記録を。
ブログ放置していたときに結構観たんだけど、ん~、いまいち覚えていない。
というわけで、最近観たものだけ。
◆幸せのちから
観た感想としては、非常に良かったです。
実際の出来事を映画化したものだそう。
子供から離れたくない、という気持ち1点で、全ての困難を乗り越えていく姿に
感動しました。
何か、本当にちからをもらったような気がします。
◆300<スリーハンドレッド>
ギリシャの初めての民主国家スパルタ。その王であるレオニダスと部下300人で
超大国ペルシアと戦う物語。
つまらない人にはつまらないと思う。
男として、国を愛する者としての行動や気概を感じた。
今、司馬遼太郎の本を読み進めているのですが、江戸から明治時代にかけての
日本にもレオニダスに負けないくらいの気概を持った人間が沢山いました。
今の日本にそういう人がどのくらいいるんでしょうか?
彼らのことを考えると、生きる目的って何だろう、って思う。
現代は生きるんではなくて、生かされてるのかな。
ブログ、書こう書こうと思っていてもなかなか書き続けられないですね。
放置していたブログを久々に更新するのではなく、気持ち新たに新しい
ブログサービスを開設しようと、色々と機能比較をしてたけど、やっぱり
記事単位の公開・非公開設定のできるVOXに結局は戻りました。
自分の心情を吐露して、非公開としたい記事と、オープンに見て欲しい記事。
amazonリンクの貼りやすさなど、単にブログを更新するだけであれば、非常に
使い勝手がいい。
本当は記事のエクスポート、インポート機能や、アフィリエイト、デザイン・レイアウト
のカスタイマイズができるともっといいんですが。
というわけで、とりあえずブログ再開です。
「You Tube」-「Did you know?」の日本語訳(引用させて頂きました。
Did you know? -あなたは何も知らない
今から8秒間に、世界では34人の子供が生まれてくる
5人がインド人、4人が中国人、アメリカ人は1人
その子供たちのために、世界はどうあるべきか
世界で最も裕福で、最強の軍事を持ち、世界の金融ビジネスの中心であり、世界共通通貨を発行し、最高の教育水準を持ち、最高の生活水準を持つ国はどこであるか?
西暦1900年にはイギリスだったわけだが・・・
2006年の大学卒業者数
インド 310万人
中国 330万人
インドの2006年大学卒業者の英会話習熟率 100%
10年後、最も英会話習熟人口の多い国は、 中国
このことを、ほんの20年前に予測した人がいただろうか?
アメリカ連邦労働省によれば
社会人の4人に1人は、1年以内に転職を経験している
社会人の2人に1人は、5年以内に転職を経験している
現在の学生は、38歳を迎えるまでに10から14の職を転々とすることになる
ニューメディア論、有機農業、eビジネス、ナノテクノロジー、国土安全保障・・
現在の大学専門学科の多くは10年前には存在しなかった
今から10年後、子供たちは一体何を学ぶことになるのだろう?
今の21歳の若者は、20,000時間テレビを見、10,000時間ゲームを楽しみ、10,000時間電話で話し、
メールやメッセンジャーで250,000通のやりとりをしている
21歳の若者の50%以上がウェブコンテンツを生成しており、
4歳児の70%以上がパソコン利用者である
メディアが5,000万人にリーチするのにかかった期間
ラジオ 38年
テレビ 13年
インターネット 4年 ・・・
インターネット接続端末の数
1984年 1,000台
1992年 1,000,000台
2006年 600,000,000台
私たちは指数関数的成長社会に生きている
初めてインターネットに商業メッセージが流れたのは1992年12月
今日一日で送信される文書の数は、地球上の人口をはるかに超える
インターネットが一般に普及し始めたのは1995年初頭
2005年、アメリカで結婚したカップルの8組に1組が、オンラインで知り合ったという
2006年、eBayが得た売上高は7,000億円 流通額ではない
eBayの創立は1996年、 たった10年
27億回 この1ヶ月でGoogleで検索された回数
これだけの数の質問は、Googleが現れるまで、誰に投げかけられていたのか
MySpaceのビジター数は開始3年で6,000万人
23万人以上のユーザーが新たに登録する 今日1日で
もしもMySpaceが一つの国であったならば、 世界で8番目の人口を有することになる
YouTubeのビジター数は1年半で・・・ 1億人をゆうに超えて未だ指数関数
あなたは何も知らない
英語の単語数は54万を超える
シェークスピアの時代の5倍だ
そしてたった今も増え続けている blog, widget, dot-commer, e-learner ・・・
今日1日で、3,000冊以上の新刊が発行されている
技術に関する情報量は2年で2倍に増え続けている
2010年までに、すべての情報量が2倍になるのにかかる時間は、72時間になる
次世代光ファイバー通信は、10兆ビット/秒の通信速度を実現しようとしている
これは1本のファイバーで、1秒間にCD1900枚分のデータを転送し、1億5千万回線分の音声通話を実現するということだ
その速度は、半年毎に3倍になっている
光ファイバーはすでに各住戸に引き込まれている あとは両端の機器を交換するだけで実現する
つまり、10兆ビットが個人の手に入る限界コストは「ゼロ」ということだ
およそ20億人の子供たちが発展途上国で生活している
そのうち3人に1人は小学教育も受けることができないでいる
2005年、OLPCがこの子供たちに一人1台のノートPC配布を準備し始めた
2007年の半ば頃、その配布が始まった
これまで紙のノートも手にしたことがなかった子供たちは今「世界」につながろとしている
2007年に生まれた子供たちが6歳になる頃、スーパーコンピューターの処理能力は彼らの脳の処理能力を超える
そして、2049年には1000ドルコンピューターの処理能力は、人類の能力を凌駕するという
これらは一体何を意味するのか
私たちは未だ存在しない職業や技術と付き合っていく子供たちに何を教えることができるのか
我々が問題を解くためには、その問題が生じたときとは異なる思考様式を持たなくてはならない
中国とオーストラリアとオーストリアとバングラデシュとアメリカとに分かれて一つのプロジェクトに取り組む学生たちがいる
わが子は学校でそんなことをしているか?
教師たちは子供が21世紀に生きるための読み書き能力を教えているのか?
文科省は子供たちが21世紀の社会で成功するために必要な教育を考えているか?
議員たちはこれらすべてのことを知って、教育法規をいかに変化させなくてはいけないか考えているか?
我々の教育にビジョンはあるのだろうか
遅ばせながらも見ました。
インターネットの業界、特にインターネット広告の業界にいる人であれば
特に珍しい内容、情報は無かったと思います。
それにしても、Google政府、Google通貨、その内出てきそうで怖いですね。
怖いというのは語弊があるかもしれませんが。
一つの情報が国家や企業の方向性や、浮沈を決めている現代において、
その情報を一つの会社が操作できてしまうことに改めて恐怖を感じました。
検索エンジンを利用することによって、私達の行動、ライフスタイル、全てに
影響をもたらして、一見社会、人類ともに発展しているように感じますが、
今のGoogleを見ていると、古代の中央集権国家を現代版にアレンジして
築き上げていくように感じます。
情報を散乱しているからこそ、情報であり、価値があり、有益であるんですが、
一つの場所に集められ、そこで検閲され、となると、本当に一つの国家ですね。
何かのアニメで出ていた世界政府とでも言うんでしょうか。
それにしても番組の中で出ていた、Googleに全てを依存する青年、米国と日本の
Googleのシェアの違いを現実的に確認できる良い例でした。
その青年の心に残ったことば、
「完全に中毒状態と言えると思います。一日に10回、20回と利用しているのですから。
(情報を検索するだけではなく)個人の情報などもGoogleに預けてしまっていて、
昔の記憶を辿るのにも利用しています。」
コンピューターは今まで人間が行っていた作業を代替することで普及してきましたが、
記憶という極めて人間的な脳の働きまでも代替するようになってきました。
その良い例なんではないでしょうか?
その記憶情報をもしGoogleが書き換えていたら・・・、ぞっとします。